インドと同様に、綿花をめぐる悲劇は世界各地で同時進行しています。
ウズベキスタンは、中央アジアに位置する旧ソビエト連邦の共和国です。世界の綿花輸出量の8%を占めています。旧ソ連時代には、計画経済によって綿花を栽培する役割が与えられました。
しかしウズベキスタンは、もともと降水量が少ない地域です。国土の80%は砂漠で覆われており、あとは乾燥した荒野が多く、有効に耕作できる土地は10%ほどしかありません。
最終商品であるTシャツ1枚を作るのに必要な水は、およそ2千リットルです。(染色やその他の加工によって差が出ます)大量の水が確保できなければ、綿花の栽培は不可能です。
そこでソビエト連邦共産党が考え出したのは、アラル海の水を大規模な灌漑設備(用水路)によって供給し、アラル海周辺地域で綿花を栽培しようというものでした。
(綿花は、塩分を含んだアラル海の水でも栽培可能でした。現在は栽培当初から塩分濃度が6倍に上昇しており、綿花の生産性低下を招く一因と見られています)
内陸湖であるアラル海は、それ自体から流れ出す川はありません。蒸発によってのみ水が失われる湖です。そのアラル海の面積はわずか半世紀で、綿花栽培を始める前の水量の10%にまで減ってしまいました。現在のままで綿花栽培を続けたら、あと10年もすればアラル海は、地図上から姿を消すと見られています。
僕の友人が、貧困国の経済支援を行う国際機関で働いていた時に、アラル海とその周辺を視察した時の様子を話してくれたことがあります。
印象深かった一言は「科学文明が終焉した後の世界って、こんな感じなんだろうな」と言うものでした。うち捨てられた無数の漁船が点在する目の前を、農薬や殺虫剤などの化学薬品と塩が入り交じった粉塵が吹きすさぶ荒漠としたものだったそうです。
ウズベキスタンの綿花に関しての情報を列挙してみました。(ソースをリンクするとかなり多くの量になるので割愛します)
・国民の3分の1が強制的に綿花栽培に従事。
・綿花は同国の主要産業。主な輸出先はアジアやヨーロッパ。輸出高は10億ドル。外貨を稼ぐ重要な戦略物資。
・国民の4分の1が、一日の最低必要なカロリーを満たせない絶対的貧困状態にある。
・綿花収穫する三ヶ月間の学校は休校。子どもも教師も収穫ノルマが課せられる。ノルマを果たせなければ罰則がある。収穫を拒否する生徒は退学処分。
・かつてアラル海に生息した魚貝類のうち、少なくとも25種類以上が絶滅。
・漁師は経済難民となり、綿花栽培や関連企業に転職。国営農場で綿を作る農民に移住は許可されない。
・ウズベキスタン人の死因の半分は、空気中に残留する殺虫剤や肥料の成分を原因とする呼吸器系の疾患。
・殺虫剤の散布時による火傷(やけど)や一時的な失明に苦しむ子どもが多い。
(自殺率は、イスラム教徒が多いことが一因なのか、他の旧ソ連だった国(独立国家共同体)よりも低く世界で74位でした)
国を挙げたウズベキスタンにおける児童労働に、フェアトレードやCSR調達の盛んなイギリスやフランス、ドイツでは、多くの環境保護団体や人権団体が、ウズベキスタン産コットンの不買運動を呼びかけています。
一昨年の9月には、50社を超える欧米の衣料品メーカーが、ウズベキスタン製のコットンをしようしない誓約書に署名しています。欧州議会も、ウズベキスタンが綿花を収穫するために「強制的な児童労働が行われていないことを確認する」まで、ヨーロッパへの綿花製品の輸出を認めないことを定めました。
しかし、それだけでは問題は解決しないと見られています。
ウズベキスタンの綿花を直接輸入しなくても、紡績が盛んなアジア諸国の業者が、原料となる綿花を購入してから製品を作り、ヨーロッパに輸出すれば、ウズベキスタン産の綿花を使用しているかどうかを確認することは、いくつも紡績工場を見学させてもらった結果、ほぼ不可能と言ってよいと思います。
繰綿工場(綿の種を取り除く設備=ジンニング工場)や紡績工場(綿から糸を作る設備=スピニング工場)で加工されるウズベキスタン綿花が、他の国で生産された綿花と混入せずに製品にしているのか追跡することはかなり困難です。またその利点も綿花を加工する業者にはありません。製造コストが増えるだけです。
そうした流通を透明化し、健全化するために、ヨーロッパでフェアトレード認証機関が立ち上げられました。しかし、信頼に足る査察官が常に監視することもできません。業者に対しての抜き打ちの立ち入り検査も、公権力ではない以上は不可能です。
フェアトレード認証団体の制度は、ある一定の効果は上げていると評価されている一方で、販売促進のための宣伝の小道具に過ぎないと批判する意見も少なくありません。その背景には、大量生産、大量消費を業態(ビジネスモデル)とする企業が、フェアトレード認証団体に加盟したことなども一因となっています。
別の問題もあります。ウズベキスタンの貴重な外貨獲得の手段である綿花栽培が衰退すれば、国家財政に大きな影響がでます。独立国家共同体は、子どもの人身売買が大きな社会問題となっている地域です。最後の売り物が「子ども」になりかねない現実と、綿花栽培は背中合わせの状態なのが現実です。
グローバル化した最初の産品のひとつである綿花。現在の生産量はおよそ2500万トンです。綿花の流通経路(サプライチェーン)が世界の奥まで深く入り込めば入り込むほど、最終消費者には想像もつかない事態が進行していきます。