F1種が全盛になったのは、東京オリンピックの時代からです。F1の意味は、”First Final Genaration” です。直訳すれば、最初で最後の世代ということになります。代々、農家に受け継がれてきたその土地に最も適した種は、いつしか毎年、購入し続けなければならない固定費(売り上げに関わらず、支払い続けなければならない経費)になってしまいました。また社会の産業構造も、農業から製造業へと転換していきます。

F1種がもてはやされるようになった理由のひとつに、大量生産、大量消費、大量廃棄社会の到来があります。当時は、原油も安かったので、農薬や化学肥料を使うことのコストも、いまよりずっと低かったのです。原油は長らく、1バレル=20ドルで推移してきました。今後は、1バレル=100ドルを下回ることはないと考えられています。現在のF1種は、花粉のできない突然変異の植物から、最初は一粒、そして千粒、一万粒、一兆と増やされていき、市場に流通していきます。現在の多くの野菜や果物、花は、子孫が作れないのです。よく考えてみると、ちょっと怖いです。種苗会社がF1種の価格を高くしたら、農業が受けるダメージは、計り知れないものがあります。

希望のある話もあります。

数々の古代遺跡からは、様々な種が出土しています。古代から、人々がどれほど種を大切にしていたか、うかがい知ることができます。人間の文明も、一粒の種から生まれたといってよいと思います。
たとえば、コットンでいえば、8世紀に、三河地方にインド人が漂着した時に、彼が抱えていた壺の中にコットンの種が入っていたことが、日本におけるコットン栽培の始まりです。当時、インドのコットンは、なかなか日本に根付かなかったようです。しかしながら、記録には残されていませんが、その後、多くの人々の努力により、日本の在来種(古来種)として三河綿が作られていきました。三河地方には、天竺(てんじく)を意味する天竹神社というコットンを祀る神社があり、弓を使った綿打ちの神事が行われています。僕も、参拝してきました(^^)。

つまり、遠く離れた地域の種は、最初は、なかなか根付かなくても、何世代にもわたって新しい土地で育て、自家採取を繰り返せば、その土地に適応した在来種(固定種)を得ることができるのです。よその土地から入手した種でも、よくできた個体からできた種を、根気よく採取をしていけば、その土地に順応し、その土地の気候風土に適応した子孫を植物は残していきます。それが在来種(固定種)になるのです。インドの友人の話ですと、コットンの場合、だいたい、4年から5年くらいの年月がかかるそうです。自然は経験を必要としないと言われますが、この営みが、どのように行われるのかを考えると、本当に不思議です。

自治体によっては、農園の貸し出しを行っているところがあります。ベランダ農園で自家採取を行うことができます。学校の授業で取り上げることも可能です。神秘とも言える植物の営みを学ぶと、僕の場合は、世界の見え方がちょっと変わりました。目に見えない生命体に対して、畏怖を覚えるようになったのです。それくらい、ワクワクするおもしろいことです。

5月 30, 2014 4:26:59AM