◎ 説明ばかりで退屈ですが、どうかご辛抱を…。でも、この部分こそが、最も重要な点なのであります。m(_ _)m
「生命の本質は、自らを複製する(子孫を残す)ことである」
この定義には異論もありますが、生物学では主流の考え方です。
この定義に従ってF1種を考えると「これは、生命の本質から外れているのではないだろうか?」という疑問がわいてきます。
前回の投稿②で、F1を作る初歩的な方法として「雄しべをすべて引き抜いて雌しべだけにし、同じ花の雌しべと自家受粉させない」と書きました。これは「除雄(じょゆう)」と言う方法です。
大量にある雄しべをひとつずつ手作業で引き抜いていくのは、とてつもなく時間と労力のかかる作業です。より効率的にF1種を作る方法はないだろうか? いくつかの試行錯誤の末に考え出されたのが、「雄性不稔(ゆうせいふねん)」でF1を作る方法です。
雄性不稔とは聞き慣れない言葉です。どういう意味でしょうか?
「正常」な個体の花には、「おしべ」と「やく」があります。「やく」の中には花粉が入っています。「やく」が裂けたり穴が空いたりすると、花粉が出てきます。花粉が雌しべに到達して受粉すれば、果実としてのコットンボールの生長が始まり膨らんでいきます。
雄性不稔とは、「おしべ」や「やく」に何らかの異常があって機能不全が起きていたり、花粉がない状態のことを指します。実験用のマウスで例えれば、オスのマウスの生殖器に機能不全が起きていたり、精液があっても無精子症となっている状態です。つまり、メスのマウスと交尾ができない、または交尾しても卵子が受精せずに、子マウスができない状態です。
(この例えに不快な思いをされた方がいらしたら申し訳ありません)
雄性不稔(ゆうせいふねん)の個体の花は、遺伝子異常のため、ある一定の割合で見つかります。その原因は、遺伝子スイッチが発現する時の誤作動だと考えられています。
言い換えれば、雄性不稔とは、雄しべがなく、雌しべしかない状態の個体なのです。
前回の投稿②の例を思い出してください。
○コットンA種の特徴は、コットンボールは小さいけれど繊維の強度が強い形質があります。
○コットンB種の特徴は、コットンボールは大きいけれど繊維の強度が弱い形質があります。
コットンA種にもコットンB種にも、ある一定の割合で遺伝子の誤作動が起きた雄性不稔の個体が見つかります。コットンA種かB種の中から、いったん雄性不稔を見つければ、雄しべを手作業で引き抜く作業をなくして、「雑種強勢」という遺伝の法則に従って、大量にAB種という新しい形質を備えたF1種を作ることができるのです。
雄性不稔は、母から子へ伝わっていきます。母が雄性不稔ならば、子もすべて雄性不稔となります。孫も雄性不稔となります。子孫はすべて雄性不稔となり、マウスに例えれば、無精子症の形質が母親から子孫すべてに広がっていくことになります。雄性不稔の個体を大量に複製すれば、大量のF1種を生産し、市場に流通させることができます。
コットンのF1種は、色が白い、繊維が長い、強度がある、細い、光沢がある、特定の昆虫に強い、特定の病気に強い、暑さに強い、寒さに強い…など、複雑多岐にわたり、把握しきれない程の形質を備えるべく、種苗業者によって日々開発が進められています。
F1種の開発は、繰り綿(種を取り出す)業者や紡績(糸にする)業者などの川中(かわなか)産業、デザインや販売などの川下(かわしも)産業に大きなメリットをもたらします。大きさや品質、収穫時期が揃った原綿(げんめん=コットンボール)が畑から届くからです。最終消費者も、質の良くなったコットン製品が購入できるのは良いことだと思います。
その一方で、1960年代にF1種が登場し、経済的な負担が増したのは綿農家です。それまで収穫したコットンボールから翌年に蒔く種を自家採取していた綿農家は、F1種の登場によって、毎年、コットンの種を種苗業者から買わなければならなくなりました。他にも深刻な問題が起きるようになってきたのです。
(続く)