インドの綿農家では、農薬や殺虫剤の購入資金をどうやって工面すればいいのか? 労働力をどうやって確保すればよいのか?その二つが大きな社会問題になっていました。

インドのマハーラーシュトラ州(州都はムンバイ。過去の州都はボンベイと呼ばれていました)は、インドでも有数の綿作地帯です。そこに、アメリカのバイオ化学メーカーが開発したBt綿花の種が持ち込まれたのは2002年のことでした。

※Bt綿花=バチルス・チューリンゲンシス菌(Bt菌)と呼ばれる菌などを使って遺伝子組換えされている。

その種は、土壌の微生物が作り出す自然の殺虫効果を生かして遺伝子が操作されており、その毒素は綿の収穫に大打撃を与える蛾(オオタバコガ)を標的としているものでした。

当時のインドには、同じバイオ化学メーカーが製造している除草剤が広く普及していました。その除草剤は、どんな植物の成長にも不可欠であるアミノ酸の生成を止めてしまう作用がありました。その除草剤がかかってしまうと、綿花の木であろうと「作物以外の雑草」であろうと枯れてしまうです。

綿花はそもそもが、熱帯から亜熱帯にかけて、太陽の光が一年中降り注ぐ雨量が多い地域がその起源とされています。そのような地域では、綿花だけでなく雑草もたくさん生えてきます。その雑草を抜かないとコットンの実に養分がいかずに収穫量が落ちます。雑草を引き抜くたくさんの人手の確保も、農民が直面する大きな問題でした。

(話がそれるので別の投稿でお伝えしますが、子どもが増え続ける地域は、子どもが「生産財(お金を生み出す存在)」になるからです)

除草剤は、そもそも作物以外の植物である雑草(ここからは、草と呼びます)を取り除く手間を省くために開発されました。しかし、綿花の木も枯らしてしまっては除草剤が商品として売れにくくなってしまいます。

そのバイオ化学メーカーが考えついたのは、自社が製造する除草剤をかけても枯れない、除草剤に耐性をもった種を、遺伝子組み換え技術を駆使して製造することでした。またその種には、綿花をエサとする昆虫の遺伝子を組み込み、昆虫が綿花を食べてしまうことを防ぐ効果があることも宣伝されていました。

この種子は非常に高価でしたが、貧困にあえぐ農民にとっては「救世主」のように思われました。実際に、その種を蒔いた最初の効果は絶大でした。飛躍的に収穫量が上がったのです。

農民は高価な種を毎年買わ続けなくてはなりません。それでも「販売当初」は農民は競うように借金をして「奇跡の種」を買い求め、Bt綿花の種子は飛ぶように売れたのです。

バイオ化学メーカーは、除草剤と「魔法の種」のセット販売で莫大な利益を上げました。

しかし、綿花畑に「異変」が起き始めます。当初のような収穫量が上がらなくなったのです。草は、除草剤をかけてもなかなか枯れないようになってしまい、除草剤の量が年々増えていきました。昆虫に食べられないはずの「奇跡の種」でしたが、徐々に昆虫が食べてしまうようになってしまったのです。結局、殺虫剤の使用量は減ることはなく増えてしまいました。

バイオ化学メーカーも、遺伝子組変え種子の改良を重ねて、「奇跡の種」を農民に販売し続けます。綿作農民は、もう一度奇跡が起きることを期待して高価な遺伝子組変え種子を買い続けます。

それでも昆虫や草は、最新科学によって改良された遺伝子組み替え種子の壁を突破してしまったのです。

特許品であるバイオ化学メーカーの種は、当然、自家採種は禁止されています。毎年同社の種子を農家が購入する仕組みが強固になっていきました。収穫がなく借金の返済に困った農民には、土地を手放すことが最後の選択となりました。

数年間に及ぶ議論の結果、昨年8月にマハラシュトラ州は、遺伝子組み替え種子の販売を禁止しました。同州の2012年の綿花収穫量が激減すると公式に発表。同州の治安当局は、農民の自殺者数は、2011年の3500人から2012年は5000人に増加すると推計しています。

現在、マハラシュトラ州で綿を栽培する農民が抱えている問題は、既にインドでは90%以上の綿花が遺伝子組変え種子となっており、代わりに畑に蒔く綿花の種が手に入らないということです。

1月 29, 2013 3:48:55PM